2014年08月06日

ブラジル旅行記

7月26日(土)〜8月3日(日)、少し早い夏休みを頂いて、ブラジルと少しだけアルゼンチンに行ってきました。
目的は、入来院正紀さんがブラジルに赴任しておられるうちに会いに行くことでした。知っている人がいないのに地球の裏まで旅行するなんてまず考えられないことです。
入来院さんはおそらく私のHPをご覧いただいたことがきっかけでメールを頂き、その後北九州までエレクトーン演奏に招いていただいたり、福岡で行われた漢点字学習者交流会のお手伝いをお願いしたりして、親しくおつき合いさせていただいています。
7月26日のお昼過ぎ、予約していたタクシーとJR、名鉄電車を乗り継いで中部国際空港(セントレア)へ。JALの国内便で成田に飛び、六時間JCBのラウンジで過ごした後、ドバイまで10時間かかって飛びました。
ドバイでタラップ下りたら何と午前3時にも関わらず気温は37度!
そこには車イスが待ち受けていて、四時間の乗り継ぎ時間、ずっと座っているように言われました。
その後リオデジャネイロまでの飛行時間は14時間20分。トイレに立つことはあっても、28時間以上座り続けたわけで、とても腰が痛くなり、疲れました。そんなことを言えば、下肢障害で車イス生活を余儀なくされている方々には失礼かもしれませんが、眠るときは布団に横になられますよね。
言葉によるコミュニケーションが充分できない状況では、段差を説明したりするよりは車イスでアテンドしたほうが合理的ということなのかもしれません。帰りは「免税店を回りたい」と言ったら車イスから解放してくれて、ゲートから飛行機に乗るまでも手引きしてくれたので、良しとしましょう。

リオデジャネイロに着いたのは27日(日)の午後2時30分、日本とはちょうど12時間時差があるので28日(月)の深夜2時半ということになります。その日はあいにくの雨、最高気音は21度くらいで肌寒いくらいでした。
空港には日経2世の日本語ガイド、Fujiko Nishiyamaさんだけでなく、入来院ご夫妻も迎えにきて下さっていて、ホッとしました。
リオは雨で肌寒いくらいだったので、コパカバーナビーチのHotel Astoria Palaceに直行し、近くのレストランで祝杯をあげました。
私たちはレストランというと高級レストランやバイキング形式、ファミレスなど大きなお店を想像しますが、ブラジルでは個人経営の大衆食堂や小さな居酒屋といったものもレストランと呼ぶようです。店の外にもテーブルを出していて、テレビがあります。働いているのはなぜかどのお店も男性のみ。テレビのサッカーが佳境に達すると、店員も夢中になり、オーダーストップ!おまわりさんもテレビに釘づけになります。きっと泥棒もサッカーに見入って、街の動きすべてが止まってしまうのでしょう。

27日(月)は半日観光。
コルコバードの丘のリオのシンボルともいえるキリスト像に、ケーブルカーで行きました。雨でもケーブルカーの予約があるので行くしかないと言われていましたが、曇天で涼しく観光できました。
1月16日(木)に、キリスト像に落雷があり、 右手の親指を骨折したそうです。ブラジル人はのんびりしていて、なかなか教会の修復は進まないそうですが、このキリスト像の骨折はよっぽどショックだったのか、すぐに修復されたそうです。
カテドラル・メトロポリターナ(正式には「カテドラル・デ・サン・セバスチャン Catedral de Sao Sebastiao do Rio de Janeiro」)にはキリストのお父さんも祀られていました。カトリック教徒の患者さんにお話すると「そういえばマリアさまだけの所もあるね」とおっしゃっていました。私はクリスチャンではないのでよくわからないのですが、日本ではお父さんも一緒の所のほうが多いのかな?
ランチはブラジルの典型的なシュラスコ(ガイドさんはシュハスコと発音されていました)料理を食べました。緑の札を裏返して赤にすれば「もう降参!」という意味で、 肉を持ってこないとテレビで報道していましたが、そんなことはおかまいなしにどんどん持ってきます。日本の焼肉と違い、くどいとか辛いということはなく、けっこう食べました。
ブラジル人はどちらかというと甘党で、ケーキはとにかく甘い。コーヒーにも、舌がざらざらになるくらいたくさん砂糖を入れて飲みます。ご飯やピラフのような、お米もよく食べるようです。入来院奥様が「ブラジルはサーモンが美味しいんだよ」と教えて下さいましたが、肉以外にもサーモンの握りや、なぜか苺の海苔巻きなどもありました。
ブラジルでは朝食にサラダのような生野菜を食べる習慣がないとかで、いつもお百姓さんの患者さんから新鮮な野菜を頂いている私としては、ランチや夕食が待遠しく感じました。しかし、欧米のように香辛料のにおいをかいだだけで嫌になるということはなく、どんな料理も美味しく頂くことができました。
半日観光の予定が、ガイドさんにお願いしたらスーパーマーケットに連れてっていただいたりして、ホテルに着いたのは夕方でした。

翌29日(火)は、飛行機でイグアスに。
ボートで滝壺につっ込むツアーは、どんな絶叫アトラクションよりも素晴らしい体験でした。もちろんずぶぬれです。
その後、ブラジル側の滝を散策しましたが、展望台と言われる所はガイドのPaulo Yanoさん、「私はここで待ってますから行ってきて下さい」と。もちろんずぶぬれです。
夜はブラジル、アルゼンチン、パラグアイの民族音楽や舞踊のディナーショーだったのですが、時差ボケのせいか睡魔に襲われ、ちょっと残念なことになりました。

翌30日(水)の午前は、アルゼンチンに入国し、アルゼンチン側からイグアスの滝を散策しました。アルゼンチン側の国立公園は整備が行き届いていて、ずぶぬれになる所以外は車イスでも行けるし、段差や坂が多い所は電気自動車で回ることもできるようになっていました。そして、ゲートには点字の触地図がありました。スペイン語なので充分には理解できませんでしたが、芝生にフワフワの素材が使ってあったり、アルファベットで何となく公園の巡路や、現在は橋が壊れて行くことができない悪魔の喉笛の位置関係を理解することができました。
イグアスの滝は幅4千メートル、最大落差82メートル、滝数275という大きな滝です。小さな滝は日本の滝と同じような水音なのですが、幅が広い滝はゴーーッと迫力があります。
機会を作って、皆さんにもぜひ体感してほしい地です。
午後は、アルゼンチン、ブラジル、パラグアイの3国合流点に行きました。
イグアスのHotel das Cataratasは日本人向けに浴槽がある客室があったり、インターネットを無料で使えたり、朝食バイキングが豪華だったりと、素泊まりではもったいないと感じました。滝ツアーにビーチサンダルを持って行くのを忘れたら、プレゼントしてくれました。
イグアスは一泊二日ではとても堪能できないと感じました。アルゼンチン側のボートツアーも体験したいし、ジャングルの空気にも触れてみたい。
できれば一週間くらいは滞在したいと感じました。
イグアスは強行軍で、民芸品などのお土産をゆっくり見て買う時間がなかったのが残念でした。

31日(水)は、再びリオデジャネイロ観光。
ポンデアスカール(砂糖パンの形をした岩山)にロープウェーで行きました。ここはリオデジャネイロの街を一望できる所です。入来院さんが日本とブラジルの旗を用意して下さっていたので、記念撮影しました。
「予定には入っていませんでしたが、金箔の教会「サオ ベント(Sao Bento)教会」にも連れてっていただきました。何と男子トイレにも行列!中からは談笑する声が・・・・・。用をすませたらすぐ出てくる日本とは、こんなところにも違いがありました。
隣には小学校がありました。制服を着ているのは上流階級という証拠と入来院さんが教えて下さいました。子供たちに声をかけようものなら、すぐ警備員が飛んできて不審者扱いされるとか!
リオのカーニバルの会場は、カーニバルが行われるときだけ通行止にするのではなく、桟敷席が常設されていました。カーニバルの衣装を借りて記念撮影していると、通りかかった人たちからも撮られました。
ランチで半日観光は終わる予定でしたが、妹の念願だったボサノバ「イパネマの娘」が生まれたカフェ「Garota de Ipanema」にも連れてっていただきました。私はTシャツを買いました。アントニオ・カルロス・ジョビンと詩人のヴィニシウス・ジ・モライスが座っていたテーブルや楽譜、モデルになったエロイーザ(当時16歳)の写真も飾られているとのことでしたが、残念ながらカフェに入る時間はありませんでした。
ホテルに戻って水着に着替え、入来院さんにコパカバーナビーチに連れてっていただきました。最高気温25度ということで、水は冷たかった!波と戯れている人はいても、泳ぐ人はいないんですね。波打ち際は砂に足が沈むことはないので、サッカーをしたり、車イスまで通って行きました。どうやって波打ち際まで来たんだろうか?
。外なのにベッドを置いて、マッサージの呼び込みもしていました。ビーチでマッサージ、気持ちいいかも!
サンバホイッスルの音が聞こえてきたので気になっていたら、屋台で売っていましたので衝動買いしてしまいました(チャントしたお店で買ったほうがよかったかな?)。母がいんちき路上販売で買ったパレオは、帰りの飛行機の中で冷え防止には役立ったのですが、帰宅したら割けていました。

最終日は入来院さんにスーパーマーケットやショッピングセンターに連れてっていただいて、最後のショッピングをしました。
妹は「アナと雪の女王」のポルトガル語版を買っていました。
カフェでお茶しようとしたところ、飲み物はすぐ出てきたのにピザが運ばれてくるまで40分!やっぱり日本の感覚とは違いますね。

行きの飛行機の中ではとにかく寝ておこうと思ったので「アナと雪の女王」を帰りの楽しみに取っておいたのですが、ヘッドホン端子が壊れていて観られませんでした。おかげで帰りの飛行機は爆睡。関空から名古屋までのバスの中も殆ど寝ていたので、心配していた時差ボケは全くなく、翌8月5日からしっかり働かせていただいています。
写真や動画は、妹のフェイスブックにたくさんありますので、もしよろしければご覧下さい。

ひょっとすると入来院さんが6月末で日本に転勤になるかもしれないという話があったり、私たちが滞在中お仕事になったというお話があったりで、旅立つ前までずっと不安でした。しかし、イグアスへの一泊二日以外は社宅から二時間半かけてコパカバーナまで来ていただき、同じホテルに泊まっていただいて、ずっとご一緒していただくことができました。スリや置き引きが多いので気をつけるようにと言われていましたが、入来院さんのおかげで何のトラブルもなくブラジルを満喫できました。繁華街を案内していただいているときは、人が多くて怖いなあと思うときもありましたが・・・・・
ショッピングセンターのカフェでお茶しているとき、私は知らないううちに財布を落としていましたが、親切な方が拾って下さいました。もちろん中身は無事。
入来院さんから「ブラジル人は、困った顔をしていると一緒になって解決してくれる」と聞いていましたが、人なつっこく、いい人が多いということも実感できました。
お金も時間もかかるので、気楽に行ける所でありませんが、一生のうちにもう一度くらいは訪れてみたいなあと思いました。

スマホによる空港のネット接続は、Wi-Fiがたくさん飛んではいましたが、フリーのWi-Fiは不安定でした。
成田ではJCBのラウンジは速度が下り3MBくらいと遅いものの、安定していました。
ドバイではプライオリティ・パスを申し込んでいたのでマルハバ・ラウンジを利用したかったのですが、乗り換えのアテンドを受けるために車イス用ラウンジに来てほしいと言われたので叶いませんでした。そのため、時差の関係上もったいないと思いつつ海外パケ・ホーダイを利用しました。一度は海外1dayパケを申し込んだのですが、30MBで速度が16KBに落ちるとなると、緊急時にラインで無料通話ができないと困ると考えました。
リオのホテルでは一日1000円程度でWi-Fiを使えるとネットに書いてありましたが、実際は1500円。、登録しようとしても不安定で使えなかったので、けっきょくは海外パケ・ホーダイで正解でした。
さて、一日1980円ですんでいるか、あるいは2980円かかっているか、請求書が来るのが楽しみなような怖いような・・・・・
posted by 平瀬 徹 at 12:30| Comment(0) | 日記
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